Mizuki Misumi

今朝

いつものとおり

お母さんが

台所でしんでる

あなたは笑って

鍋の蓋をたてにする

そこからあがる湯気と

さかだつ

感情と

いつものとおり

お母さんがしんでる

台所で

そんなこと誰にも言われたことなかったよ

ようやく

明治神宮前です

おうちまでは

まだとおいのです

斜めまえのおんなに

みおぼえがあります

信号の点滅。

赤だったら

赤だったら赤だったら

赤だったらなあ！

赤だったらよかったのになあ！

ぜんぶ赤だったらよかったのになあ！

赤だったらなあ！

赤だったら赤だったら

赤

わたしたちには

理由があります

わたしたちにはそれぞれ

事情があります

こわい

ようやく　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　

東新宿です

おうちまでは

まだとおいのです

わたしたちにはそれぞれ

事情があり

かえれない家をもち

斜めまえのおんなが

鞄をあさっているのは

きりはなす鋏を

さがしているから

おうちまではまだとおいのです

信号の明滅。

赤だったら

赤だったら赤だったら

赤だったらなあ！

赤だったらよかったのになあ！

ぜんぶ赤だったらよかったのになあ！

赤だったらなあ！

赤だったら赤だったら

赤

赤だったらなあ

みおぼえはあるのになあ

忘れているのかなあ

こわい

わたしのおなかには

赤ちゃんがいます

赤ちゃんがいるのに

誰もしんじないのです

せんせいも

きみはにんしんなぞ

していないと

いうのです

でもわたしのおなかには

赤ちゃんがいるのです

五月某日。

夏日である。世界は狂っていると思われる。私は世界を元通りにする術を考える。アスファルトに陽炎、迷子が私の書斎にまで入ってくる、名前はまだない、迷子が夏日に蕩けていく、そんな夏日に、わたしは捻り出す、このよのなかのひとがみな泣き虫ならばすべてがまるくおさまるのだ。

わたしのおなかには

赤ちゃんがいます

いるのです

心音が聞こえます

わたしは赤ちゃんの名前を

もう考えてしまったので

せんせいにわらわれました

きみはにんしんしていない

いいえちがいますちがいます

このこはもうすぐうまれます

五月の夏日に産まれるのです

せんせい

あそこにみえるのは

うらがえしの子猫とわたしをつなぐ

地平線なのではないでしょうか

錯覚？

いいえこれは感覚です

へその緒は

世界中のひとを結び

平和を

祈るでしょう

だからわたしは

夏日にこのこを産むのです

ちがいますちがいます

あれは

曇り空のふりをした

ただの五月の海

でなければ

わたしはおばあさんになっているのです

あらしのような

ゆうべでした

あまりにも

赤い血が

流れすぎたから

自分が人間であると

錯覚してしまった

おしまいから

かろうじて

繋がった

わたしと云う名の生命線

かつて

森で出会った

こいびとたちよ

揺れ方は

もう

忘れました

あらしのような

ゆうべでした

感触は

そこにある

いつだって触れられる

だのに

哀しみが

ピストルを

構えて

立っている

もはや

裏返しの共鳴は

肉体をも

つらぬく

ならば

これはあいとよべるのではないか

わたしは

患う

まるで

頬を上気させた

生身のにんげん

のおんなのように

患っている

のだ

日常と

非日常の間で

声を

殺した

交差せぬ体温

の中の唯一の感触

眠れる森の

眠れぬ者同士の

些細な

出会い

あなたは

何者ですか

暴力とて思い出し笑いに変えて仕舞う

時の流れを讃える

常

私が貼りつけた

私と云うレッテルは

たちまち

私を保護する

骨の

記憶

校庭の片隅の

逆上がりの

途中で

世界を見る

幼子

回転できずに置き去りの放課後

肉体的な痛みを回避するには

あまりにも日は落ちすぎて

彼等が

亡骸

のみ

私を全肯定しうる

（これはあくまで新しい恋のうたである）

冬の日の現実は

私を救急車へと詰め込んで

降り頻る

赤いサイレン

瞬間

私の産声があなたには聞こえましたか

その時世界は私に還ってくる

すきまをぬって

偶然を装い

ながら

私を底辺として。

幾人ものおんなが通過していく

たまに立ち止まることもある

輪郭が歪んでいく、

私は腐敗していく。

きれいな空だ

見たこともない青空だ

涙は蒸発し、

雲に成り、

我々を溶かす酸性雨と成る

はじまりから終わりまで

首尾一貫している

私は腐敗していく。

どろどろになる

悪臭漂い

君の堆肥となる

君は私を底辺として。

育っていく

そっと太陽に手を伸ばす

腕、崩れる

おかあさん、雨がふってきたよ

おとうさん、風がふいてきたよ

おねえちゃん、桜が散りましたよ

弟は仮定のままで

仮定のままでいつもどおりの日。

こどもたち

静止せずに

あんさんたる

道を歩みなさいね

あなたたちの

一日が

これ以上

速度をあげるのですから

階段のしたから彼は言った

「髪が伸びたね」

夜半。呼吸をととのえるたびに

自分のことをかんがえます。呼

吸をととのえるたびに自分のこ

とだけをかんがえます。自分の

ことだけをかんがえるべきです。

とおくに見えるのはなれのはて

で、その、なれのはては、随分

ふくよかで、何か失敗しましたか。

階段のしたから

「そういうことだ」

彼が言って

こどもたち

もう決してふりかえらずに

おかあさん

おとうさん

おねえちゃん、仮定の弟と

桜にまじって

散ってしまったのか

「欠損してた？」

声すらきけずに

仮定のままで、よかったね

わたしの庭には

おかあさんが埋まっています

すこしだけのぞくかわいた指先

ようやく

わたし

てまねいてあかるい午後になり

「わたしたちのおしまいはまだまだつづきます」

すこしだけのぞくかわいた指先

わたしの庭みたいに

きれいでしょうおかあさん

わたしの庭みたいに

わたしたちの庭であったみたいに

あのこが

あたまから血ぃふきだしてる

まだ生きてる

夏のひかりのなかで

わたしたちは一日に何百回も

からだを売る

わたしたちは一日に何百回も

手を洗う

わたしたちは一日に何百回も

からだを売ってようやく

わたしたちの手がきれいになる

とてもうつくしいあのこが

あたまから血ぃふきだしながら

まだ

生きてる

免罪のために産まれることばが片言でまぶしい

まだ生きてるあのこが

あたまから血ぃふきだして

夏のひかりのなかで

「ちゃんと顔見して」

ってわらう

みっともなく息をする

許される余地もない

わたしたちを敬え

「子供みたいでかわいい」

そうわらうあのこが

あたまから血ぃふきだしながら

何千回も売ったそのからだで

あ　いま

耳鳴り

ひびくよな朝に

ひびくよな今朝に

ひびくよな体に

ひびくよな雨も降らない

あ　いま

感じた

（･･････。

絶望と感嘆をいっしょくたにしたい

あ　いま

めまい、と、

悲しいとおもうことがありました。

それってわたしにとっては悲しい

ことであるのだけれどあなたがた

にとってどうかは知る由もありま

せん。白く、塗られた、声、あ、

いま、耳鳴り、わらっていたのか

しら、あ、いま、感じた、かつて

の息づかいを感じたのでありまし

た。そちらは今日も雨です、か？

あ、いま、めまい、と、めまい、

と絶望と感嘆をいっしょくたにしたい！

あ　いま　耳鳴りがきこえるよ

このなみだは

たしかに記憶にあるのになあ